2024年7月13日土曜日

平安神宮・神苑

 平安神宮・神苑




「平安神宮」というと古くからある神社のように思えますが、実を言えば新しく作られたものです。1895年、博覧会のメインの施設として計画されました。計画当初から神社として計画されたもので、展示パビリオンが神社に転用されたわけではありません。

かといって、まったくの神社かというとそうではありません。この建物にはモデルがあって、約1200年前の平安京の政庁を実物の8分の5のサイズで再現し、それを神社として公開したものでした。昔の政治の場と現代の神社とが、同じレイアウトでどちらも支障がなかったとは、少し唖然としてしまいます。

この記事では、建物ではなくその周囲に展開する神苑(庭)に注目したいと思っています。少し斜に構えたアプローチですが、入場料を支払ったとき渡された入場券の裏にあった、この庭の説明文の英文を読み解いて行きたいと思います。


まずは、日本語による説明文

「神苑は神域をかこんで、東・中・西・南の四つに区分され、その広さは30,000㎡、明治の代表的庭園として国の名勝にも指定されております。」(第1文)
「ことに春の紅枝垂桜は花は八重、咲色は紅、満開の時にはあたかも花笠のような景観をみせ、その美しさは内外に名高く、昭和42年4月昭和天皇皇后両陛下が平安神宮に
ご参拝の時も、この桜をごらんになられました。」(第2文)
「その他初夏のかきつばた・花菖蒲・すいれん・秋のはぎ、冬の雪景色など、四季折々の風情には格別の趣があります。」(第3文)

次に、英文による説明文

Surrounded by the sacred precincts, the Shrine Garden with a total area of 30,000 square meters is divided into four sections.」(第1文)
East, West, Central and South, Known as the most beautiful landscape gardens typical of the Meiji Period, it has won a national distinction.」(第2文)
A major attraction of the garden is its pink cherry trees with many long-hanging twigs which, when in full bloom.」(第3文)
look like a huge flowery parasol spread over the ground, Its exquisite beauty known at home and abroad was especially loved by Showa Emperor and Empress when the Imperial Couple visited the Shrine in April, 1967.」(第4文)
in addition, the garden has well-laid-out flower beds and a variety of, trees which bloom in season, providing seasonal attractions throughout the year,
the snow scene in winter is also something that cannot be missed
」(第5文)  


まず触れておかないといけないのは、英文による説明文に理解不能な部分が存在することです。文頭が大文字になっていなかったり、文の途中で大文字になっていたり、ピリオドの打ち方がおかしかったりするところがあるのです。しかし、それは文章の校正時点の修正漏れでしょう。注目したいのは、日本語文と英文との対比から現れる日本人の感覚のようなことです。



「神苑は神域をかこんで、東・中・西・南の四つに区分され、その広さは30,000㎡」

英文では、「Surrounded by the sacred precincts 」となっている部分にまず注目します。日本語文では神苑(庭部分)が神域(建物部分)を囲んでいるはずなのに、英文では神域(神聖な区域)に囲まれて(内部に)神苑が存在しているという文になっています。域の意味が、日本語文と英文では違ってきてしまっています。

この部分に注目したのは、英文の作者はそういう問題にはあまり関心がないのではないかと思えるからです。根本原因は、翻訳時の単純ミスでしょうが、あくまでも伝えたいのは「神苑は神域との関係のある重要な場所だ」ということだっだのではないでしょうか。そのキーワードを網羅したことで注意力が途切れてしまったと思えてなりません。



「明治の代表的庭園として国の名勝にも指定されております。」

Known as the most beautiful landscape gardens typical of the Meiji Period,」が「明治の代表的庭園として」の英訳ですが、なぜ、「the most beautiful 」とか
landscape 」が追加されているのでしょうか。たぶんここに載っている日本語文は削りに削られた結果の文章で、もともとは「(池泉回遊式庭園で、明治の有名な造園家の手になるもので、平安京千年の造園技法の粋を結集した)明治の代表的庭園」と書かれていたのでしょう。()の部分は平安神宮ホームページから転記。

この文章の作者は、「平安京千年の造園技法の粋を結集した」素晴らしい庭園であることを説明したかったのでしょう。ですから英文では、そのことまで言及しているのだと思います。一方で、日本語文の読者は、言外にそういう連想までしてもらえるからと妥協して、文を削ったのでしょう。日本人からしてみれば、日本の庭はほとんどが「landscape garden 」なので、あえて説明はいらないのです。

池泉回遊式庭園:One of Japanese garden with paths around ponds and streams 



「国の名勝にも指定されております」

この部分を、文字通り英訳すれば、「it is designated as one of the national places of scenic beauty 」です。なぜ、「it has won a national distinction 」としたのでしょうか。作者は、「win distinction 」=「高い評価を得る」ということを強調したかったのだと思います。昭和50年12月に、国の「名勝」に指定されたことより、日本人から高い評価を得ているということを言いたくてたまらなかったのでしょう。


このあとさらに、日本語文と英文との関係を見ていくと、英訳者の思い入れが上滑りしていくのが目にとれます。典型的なのは、もとの文章になかった表現が、英文に現れるという現象です。





「ことに春の紅枝垂桜は花は八重、咲色は紅、満開の時にはあたかも花笠のような景観をみせ」

「ことに春の~」は、平易な表現にすれば、「特に春に咲く~」となると思います。それを英訳すれば、「Especially, during spring ~」のような文になるでしょう。それでは表現したいことを英訳できていないと感じたのでしょう。「A major attraction of the garden is ~ 」と書き出しました。しかし、大げさに書きすぎたため、「春」という部分が書き出しから抜け落ちてしまっています。

さらに混乱を助長してしまったのは「紅枝垂桜」の英文です。日本語文の「紅枝垂桜」がどんな植物か知っている海外からの旅行者はそれほどいないと思います。日本人の旅行者でも「紅枝垂桜」がどんな植物か知っている人は少ないでしょう。しかし日本語に堪能であれば、実物を知らなくても漢字を見れば大体は想像できてしまうのです。

「紅」で、桜の花弁が通常のものより強いピンク色だと連想させてくれます。
「枝」で、木の枝に特徴のある桜の木だと連想させてくれ、
「垂」で、ふつうは上向きに伸びる木の枝が下向きに伸びて、「垂れている」ように見えることを暗示させてくれます。
「桜」で、今話題になっているのは特別なタイプの桜の木のことなのだと分かるのです。

英訳は、「pink cherry trees with many long-hanging twigs 」となっています。4文字の説明で済ました日本語文に比べると説明がいかにも凡庸に映ります。

英文の第3文と、第4文はおかしな構文になっていますが、そこは気にしないことにしましょう。説明しようとしている日本語の部分、「花は八重、咲色は紅、満開の時にはあたかも花笠のような景観をみせ」に該当する英訳は、「when in full bloom look like a huge flowery parasol spread over the ground 」です。今度は、コンパクトに説明できているように見えますが、「花は八重、咲色は紅」の部分の英文はありません。「八重桜」まで説明しようとしたら、とても最後に行き着けないと観念したのでしょう。

それでも後半の「満開の時にはあたかも花笠のような景観をみせ」は英訳しています。「満開の時にはあたかも」は「when in full bloom (it) look like 」ですが、「花笠のような景観をみせ」が「a huge flowery parasol spread over the ground 」に整合するとはとても思えません。

「花笠」とは何であるかを知らなければ、次の連想が続きません。もはや、若い日本人がこの文を読んだとしたら、ほとんどの人が作者が連想したようなイメージを持つまでには至らないでしょう。


さて、息切れしてしまってこれ以上進めません。わざわざおかしな表現に思えることを取り上げたのは、人の上げ足取りをしたかったからではありません。この文章のおかしな感じの中にあるノスタルジックな魅力を感じ取ってもらえるとうれしいと思ったのです。


この案内文の日本語の文章には、今の観光案内からは消えてしまった、少し前の時代の日本人が説明してもらいたいと思ってたことが、まだ生き残っています。そして、それは海外からの観光客向けに英訳しようとすると、無理がでてしまうのです。英訳することで無理が出ることに関しては、以前にも気づいたことがありました。今回新たに発見したのは、もはや、若い日本人にも魅力として伝わらなくなっているのではないかということでした。そのことを発見したのを、少し自慢してみたかった次第です。





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